サウジアラビアにはじめて行った時



 サウジアラビアにはじめていったときの心細い思いを紹介します。

 1982年のまだ海外の経験が2〜3回しかないときのことである。マレーシアのジョホールバルで仕事をしているとき、日本より急遽サウジアラビアのアルジョベールに行くようにとFAXが舞い込んだ。予定ではまだ先であったが、何かトラブルが発生している模様。建設事務所に頼んで、シンガポール〜サウジアラビア・ダハランまでの航空券と、ドルの借用をして、シンガポール発の夜行便に乗り込んだ。席について周りを見渡すと外国人ばかり、スチュワーデスもまたシンガポール人である。

 普通、日本から出張するときは旅行社が搭乗用の書類、到着したときの入国書類、通関書類など全部書いたものを用意してくれる。しかも日本から出発するときは旅客のほとんどが日本人である。しかし今回はすべて一人でしなくてはならない。機内で渡されたサウジの入国書類を見ると解らないことが沢山ある。スチュワーデスに聞いても要領を得ない。サウジ到着まで8時間ほどあるので2時間ほどでなんとかなるさと腹をくくり、機内で出される酒を飲んで寝ることにした。目を覚ましたあとは、辞書と入国書類を相手に悪戦苦闘であった。何度か慣れてくると各国とも決められたフォームであることで、簡単に書くことができるようになるが、日本人がなれていないところは「宗教」欄があることである。性別は「SEX」となっていて、なれない日本人がこの欄に「週2回」などと書いた笑い話もある。

 シンガポールを22:00ごろ出発してダハランには時差の関係で同じ日の24:00ごろ到着したと思う。空港にはM商事の人が迎えに来ることになっていたが、入国手続き、通関手続きを待つ間にもそれらしき人が見当たらない。しかたなく一人で入国手続き、通関手続きをした。通関手続きで驚いたことが、通関職員の脇に大きなドラム缶が置いてある。乗客のほとんどが、フィリッピンからの出稼ぎの人たちである。通関手続きに並んで状況を見ていると、週刊誌類にヌードあるいは水着姿の女性が掲載されているものは全部没収されてドラム缶の中へ投げ込まれる。また薬類(錠剤、粉末)も内容も確認せずドラム缶行である。私も血圧の薬は常備薬だったので取り上げられたらどうしようかと心配していたが、自分の番になり何も取り上げられずほっとした。日本人で出稼ぎではないということだったと思うが。

 手続きを済ますのに1時間ほどかかり、待合室に出てもM商事の出迎えの人の姿が見当たらない。空港の外に出て探しても見つけることができない。時間は午前1時を過ぎている。かれこれ1時間ほど探してもいなかったので、タクシーをつかまえてどこかのホテルへ行かざるをえないかなと思ったが、何せはじめての土地である。ホテルの名前も知らないし、金はドルのみである。思案に暮れていると向こうから駆けてくる日本人がいる、近づいてきて一ノPさんですかという。やっと出迎えの人と会うことができた。この2時間ほどの心細さといったらどう表現したらよいのかわからない。理由を聞くと、私の前に到着した人の出迎えが到着が遅れその人たちを宿舎に案内して折り返し迎えにきたら今になったということであった。

 その後、20数回の海外出張の中で今回のような出迎えがなかったことがあと2回ある。1回はシンガポール、あと1回はサウジ・ジェッタであったが、いづれも長崎の事務がFAXの発信忘れであった。しかし、この2回は慣れていたので落ち着いて自分で現地へ行くことができた。